映画「見えない恐怖」

リチャード・フライシャー監督、ミア・ファーロー主演による1971年作品です。

物語は、目が不自由な女性サラ(ミア・ファーロー)が叔父さん(ロビン・ベイリー)の家に帰ってくるところから始まります。

サラたちが乗った車が、水溜りの泥を跳ね上げ、すかした男のブーツを汚す。男はそれを根に持って一家を襲い殺害、しかしデートから帰宅したサラは一家が留守にしているものと思い込み…、という展開です。

オールシネマ・オンラインの紹介文に“天才肌の職人監督フライシャー”とあるのに笑ってしまいました。天才肌と職人という相反する言葉をくっつけるところに書き手の意図があるわけですが、狙いは分からんでもないけどフライシャーにこれは無理がある(笑)。もっとのめりこんで“天才監督”として研究したらどうなんだいと言いたいです。

面白さは、目が不自由なサラが事件に気づかず、すぐそばに家族が死んでいるというところにありますが、そのときサラを狙う犯人がいないため、サスペンスがないわけです。中古車査定高額車買取のカウル君

映画「ブルーバレンタイン」

物語は、ディーン(ライアン・ゴスリング)とシンディ(ミシェル・ウィリアムス)の夫婦が中心です。シンディは看護師として働き、夫ディーンと幼い娘との生活を支えています。ディーンはとても気持ちのいい人間ですが、かなりいいかげん。たとえば娘が朝食のオートミールを食べたくないというと、シンディが出勤まで時間がないのに、ほとんど遊ばせる感覚で食事させるという具合。シンディを愛しているのはいいのですが、安っぽいラブ・モーテルに部屋を取るのでシンディはいやいやつきあう。

そんな二人が出会った頃と危機を迎えた今とが前後して展開します。

こういう時制のずらし方は最近珍しくなくなりましたが、観客をいたずらに混乱させるだけであってはいけない。この手のハシリというと「メメント」ですが、あのころは時制を前後させるという手法が珍しかったのでなんとか観客にモテました。しかし時制どおりにつなぎなおすと何も面白くないドラマです。

今回も、過去の出会いのシーンが心ときめくラブ・ストーリーというわけではなく、はたまた現在の危機がさほど深刻な危機と思えないです。

かといって小さなほころびが積み重なって大きく破れていくというサスペンスもない。きっと時制どおり並べると、何が原因でシンディがディーンに嫌気がさしたのか(その前になぜ結婚するに至ったのかも)観客に納得させる説得力を持っていないドラマだと思います。

映画「さよならをもう一度」

パリで内装デザイナーを営むバツイチ女性ポーラ・テシエ(イングリッド・バーグマン)は、トラックの売買を仕事とする会社社長ロジェ・デマレ(イヴ・モンタン)と関係を続けていますが、結婚する気はありません。ロジェは気が向いたときにポーラに会いに来る。そして街で若い女を見つけると口説きにかかります。若い女に対しては必ず“メイシー”と呼びかけ、ポーラには仕事と偽って女と一泊旅行したりします。ポーラはアメリカ人の女性資産家デルベッシュ(ジェシー・ロイス・ランディス)から内装を頼まれます。その息子フィリップ(アンソニー・パーキンス)がポーラに言い寄ると、ロジェも心穏やかならず、ポーラとの関係を真剣に見つめなおすという展開です。

アンソニー・パーキンスがわがままな坊やという雰囲気で、40歳のポーラ(バーグマンは当時46歳)に本気で恋するという物語は、1961年という時代にはなかなか新鮮だったのでしょう。あの頃の僕にとってはジジ&ババの恋物語は無関係ということでパスしていましたが、今では46歳のバーグマンが色っぽいと思います。

映画「ジュリエットからの手紙」

物語は、ニューヨークにイタリアンレストランを開店する若手シェフのヴィクター(ガエル・ガルシア・ベルナル)と婚約している、

ニューヨーカー誌の事実調査員(ファクト・チェッカーという職業があるのですね)ソフィ(アマンダ・セーフライド)が、婚前旅行にイタリアへ行き、ヴェローナの“ジュリエットの家”でジュリエットに対して恋の悩みを打ち明けた手紙を壁に貼る観光客を目撃、その数に驚きます。

すると壁に貼られた手紙を外して持ち去る人が。あとをつけると、彼女たちはそれらの手紙に返事を書いているのでした。

記者志望のソフィは取材することになり手紙を集めていると、なんと50年前に書かれたイギリス女性による手紙を発見します。ソフィはその手紙に返事を書く、という展開です。

日本題名が「ジュリエットからの手紙」で、英語の原題が「Letters to Juliet」。

なんや逆やんけ、と河内の人間なら突っ込むところですが、物語の展開からどちらでも通じました。

1957年に手紙を書いたという老婦人が孫のチャーリーを伴ってヴェローナへ来るわけですが、こういう物語は長期休暇が取れるアメリカでないと成立しません。

ヴィクターがイタリアの食材集めに奔走して婚前旅行どころではないというところで、“あんさん、別れなはれ”と感じる人もいるでしょう。そこがこの映画の評価の分岐点だと思います。

「モールス」

事件は1983年の冬、アリゾナ州ロスアラモスで起こります。殺人犯らしき男が病院に担ぎ込まれます。顔面がやけどで誰なのか判別できない。その2週間前、学校でいじめられている12歳の少年オーウェンの隣の家に、同じ12歳らしき少女アビー(クロエ・グレース・モレッツ)が引っ越してきます。雪の中に裸足で立っていても寒さを感じないそうな。父親らしき男(リチャード・ジェンキンス)と二人暮らしですが、ある日壁の向こうで怒鳴り声が。

オーウェンはアビーと壁をモールス信号でたたき合って話しをします。

つい最近使われなくなったモールス信号をテーマにするなんて、なんじゃろかいという雰囲気でした。でもポイントはそこにはないです。

それとアリゾナ州というと灼熱の荒野を思い浮かべるのですが、標高2000メートルのロスアラモスでは、夏は40度、冬は氷点下10度だそうですね。しかし僕には、あの中庭の雪は小道具の雪にしか見えませんでした。

「マシンガン・パニック」

物語はサンフランシスコで、バスの乗客が全員マシンガンで射殺される事件が起こります。その中に非番を利用して迷宮入り事件を調査していたエバンス刑事(アンソニー・コステロ)がいる。エバンスとコンビを組んでいたマーティン刑事(ウォルター・マッソー)は、エバンスは迷宮入り事件を追っていたと気づきますが、上司(アンソニー・ザーブ)はこの事件だけを考えろと命じます。新しくコンビとなったラーソン(ブルース・ダーン)も、上司の命令どおりマーティンを監視する、という展開です。

もともとの“刑事マルティン・ベック”シリーズは10冊以上出ていて、僕はこの映画の後すべてを読みました。しかしこの映画には、あのスウェーデンの警察官たちの人柄などは皆無。殺人課の刑事たちが複数動くという以外、原作のテイストはないといっていいでしょう。

とはいえ僕はこの映画を高く評価します。見たときもそうでしたが、見直した今回も実に面白かったです。

映画「カップルズ・リトリート」

物語は、家族ぐるみでつきあっている4組の夫婦が、南洋のリゾート地へ行って羽を伸ばそうとしたら、そこはカップルの教育プログラム実践地だったというものです。

カリ・ホークの言葉は若い黒人女性独特のものらしいので、字幕では“やっぱ”とかいう文字にしていました。

それはそれで、この映画ならいいのでは。恋人のことをみんなダディと呼ぶなんて、これもそれなりに面白いし、“Yo, man”なんて言い方も、そうなのかな、みたいな。だから友達同士で使ってはいけない言葉や、気をつけないといけない言葉などを勉強するにはいいのかなと思いました。ただネタがセックス中心なので、僕の英会話教室に向いているかどうか、これは先生と相談します。

それにしてもヴィンス・ヴォーンとジョン・ファブローあたりはアメリカで人気あるみたいです。どちらも“スター”というイメージからはずいぶん遠いです。そして等身大というには、リッチすぎる設定でした。とはいえ、時間つぶしには十分な内容です。

映画「結婚しない女」

ニューヨークで画廊に勤めているエリカ(ジル・クレイバーグ)は、夫マーティン(マイケル・マーフィ)と15歳になる娘パティ(リサ・ルーカス)がおり、高層マンションに住んで何不自由ない生活をしています。ところがマーティンが別の女を愛してると告白し、別居することに。エリカも別の男を探しはじめますがろくな男と出会わない。そしてようやく画家のソウル(アラン・ベイツ)といい感じになります。ソウルは結婚しようと言うけれどエリカは結婚する気にはならない、という展開です。

物語としては、亭主の浮気、別居、男性関係の難航、結婚に踏み切れない心境と、今ではすべてがクリシェとなってしまったようなものばかりで、そんなことから現在は大して評価されていないということなのでしょう。しかし、再見した僕には、あの時代が鮮やかによみがえります。女性の自立とかウーマンリブという週刊紙的な扱いの中に埋没したかのような女性運動ですが、第二次大戦後の“主婦は家庭を守る”というアメリカ黄金期の定説に異議を唱えた功績は大きい。今なお「レボリューショナリー・ロード」という作品が作られるほどですから、やはり重要な命題だと思います。